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Beeeeeep

崖っぷち



おもひで

 

人には誰でも黒い歴史がある。特にオタクというものは頭を抱えたくなるようなブラック歴史を刻んできた人が大半だと思う。だよね?

ギリギリ平成に産まれた自分は思えばこのピーーー年間(バレバレ)常に生き急いできた。はてなブログ開設記念として数え切れ無いほどのおもひでたちをここに記すことで懺悔としたい。本当に抑揚なくただダラダラ語っているだけなのでヒマ潰しに見てもらえたらこれほど嬉しいことはないです。ではスタート。

 

 

★幼少時代

生後一週間くらいの自分の写真を見たことがあるがマジで可愛かった。天使かと思った。私のモテ期はたぶんここで終わっている。

保育園時代はびっくりするほど内気な幼女だった。日本昔話やアンデルセン童話などの絵本が好きでよく読んでいたし、セーラームーンレイアースなどのアニメもよく見ていた。思えばゆず~れ~ない~オタクの土台はここで出来上がっていたのだろう。

年長になるころには順調にデブの道を進んでいたので内気に拍車をかけていた。正直あまりいい思い出はない。小学校に上がる前に通い始めたスイミングスクールでなぜか厳しいコースに入れられ、以降6年生まで地獄のような練習を続けるハメになる。

 

★小学生時代

続きになるが相変わらずスイミングスクールが超厳しかった。毎日泣いていた。土日も午前は練習で潰れた。他県との合同合宿に行くと陸より水中にいる時間の方が長いんじゃねぇのかってくらい泳いだ。辞めたくてしょうがなかったが親に悪いし友達もいたし大会でいい記録を出せればそれなりに嬉しかったので結局6年生まで続けた。あれだけハードな練習をこなして1ミリも痩せなかったのはもはやオカルトである。そんなに食べてた記憶ないんだけどな(デブはみんなこう言う)

 

オタク面ではアニメ・漫画・ゲームが純粋に好きだった。ゲームボーイやたまごっちに散々ハマりFF7に傾倒した。りぼんやちゃおやなかよしよりコロコロコミックやジャンプが好きでよく買っていた。純粋に好きだった(念押し)

ところが4年生のときにジャ○コの本屋でコミック○ックスジュ○ア(表紙はどうみても某海賊漫画)を手に取ってしまったことがすべての始まり。

あれ?○ンピースの絵ってこんなにかわいかったっけ?ジュ○ア…聞いたことないなぁ。○ンピースはジャンプなのになあ………ペラペラ………

 

 

!!!!????!???!♥?!?!!!!♂×♂!?????!♥♥♥?!!?????♥??

 

 

この時の衝撃は今でも忘れない。たった一冊の本が人生を変えてしまったのだ。

きっと同じ体験をした人もいるであろうから多くを語ることはしない。

いたら連絡ください。

 

 

★中学生時代

というわけでオタクの中でもいわゆる腐った女子という肩書を引っ提げて中学校に上がる。1冊1000円するアンソロジーを毎月の少ない小遣いからやりくりして買うのが最大の楽しみになっていた。

そういえば小学生時代はだいたい派手か地味かの2グループで分かれていたが、中学生にもなると区別がはっきりしてくるのか3グループ構成になっていた気がする。派手か地味かオタクか。

私の地元は2つの小学校が1つの中学に集まる感じだったので、顔なじみもいればもちろん知らない子もいる。しかしオタクの嗅覚とはすばらしいものであっという間にオタク友達の輪は広がっていった。

オタクの中でもジャニオタなどのアイドルオタクは比較的かわいらしかったが二次元オタクはひどかった。加減などなかった。大体一人では大人しいが仲間が集まれば5万dBくらいボリュームアップする。ミュート?知らんがな。コンプレッサーもイコライザーもない無法地帯である。無垢なクラスの男子を犠牲にしたこともあった。

当時流行っていた漫画はホ○ッスル、ブリ○チ、テ○プリ、ハ○タ、ハガ○ン、銀魂など。伏字めんどくさくなってきた

特に我が校ではホ○ッスルの流行り方が尋常ではなく、私も将来は不破くんと結婚して月イチくらいでカズさんと3人で飲みに行くような人生を送るのだと思っていた。現実は厳しい。

ちなみに当時身長149センチの私と151センチのある友人は「翼さん」「将」と呼び合う仲だった。部活の会議で「そういえば何で○○(私)と××(友人)はショーとかツバササンって呼びあってるの?あだ名?」と言われた記憶がある。何度思い出しても枕に顔埋めてバタバタしたくなる甘酸っぱいメモリーだ。

 

そんな中学時代最強の黒歴史は市の設備を私物化していたことだ。

近所(徒歩20分)に市民会館的なものができ、そこでは無料でインターネットを利用できるパソコンが解放されていた。家にもパソコンはあったが当時は通信料3分10円とかだったので遠慮してしまい(当たり前)あまり使えなかったので、これはチャンスとばかりに市民会館に通い詰めた。何をしていたかって?

 

「夢小説の印刷」

  

市の設備で、だ。狂気の沙汰。本当に今でも土下座して謝りたいと思っている。

しかしもちろん小学校を卒業したばかりのクソガキである。遠慮も配慮も知らない。部活終わり、また部活が休みの日も含め2日に1回は徒歩20分の道のりを歩き友人たちと市民会館に通い詰めた。全身あずき色の指定ジャージを着てのどかな田園をズンドコ歩く自分はさぞかし爆弾ミートボールと呼ぶにふさわしい迫力があっただろう。

そうして着くなり「またお前らかよ…」みたいな顔をしている職員に毅然としてパソコン使用の許可を取り、プリンタの用紙が無くなれば「またお前らかよ…」みたいな顔をしている職員に毅然として補充を訴え、補充後最初に出てきた一枚(当然夢小説)を「これはどなたのですか?」と聞かれるも恥ずかしさのあまり謎のシカトを決め込んだり、時には友人の好きなキャラの夢小説に友人の名前を入力し印刷したものをプレゼントとして渡したりしていた。地獄絵図である。

裏や激裏ページ探しにTABキーを使ったりソースを見たりしている時など自分がものすごいパソコン使える人間のような気がしてなんとなく得意気になったものだ。本当にごめんなさい。罰は今受けています。

 

あと音ゲーポップンミュージックにハマってしまったせいでお小遣いの大半がこれに消えた。ハマりすぎた。人生で本当にのめりこんだものベスト3に入る。数日ゲーセンに行けない日があるとうっぷんミュージックが溜まりすぎてしんどかった。9つのボタンを一人で叩くなどよく考えればけっこうおかしなことをしていた気がする。足は肩幅よりやや狭目に開き、調子が悪い時は少し首をひねることも忘れてはいけない。持ちキャラは六。2Pカラー併用。

また他の音ゲーにも例外なくハマり一人でゲーセンに行き一人でダンレボをやるなど朝飯前だった。後ろのバーは掴むのがジャスティス。狭いド田舎なのでその翌日学校に行くと非オタのクラスメイトから「いたよね?なんかすごかったね?」と言われることもよくあった。口ではあ、うん…とごまかしつつ心の中ではいましたけど何か?くらいの勢いだった。大見解(鬼)で勝負すっか?お?ん?とか思ってた。あの時の異常なまでのメンタルの強さが今欲しい。

 

 

★高校生時代

まぁ変わらずオタク。他の中学から来たオタクと合流しオタ友の輪はさらに広がっていった。流行りは笛から復活へ。あのころのジャンプは明るかった…

そうして高校生になった自分に与えられたもの。携帯電話。破滅への輪舞曲。

1パケットを1ページだと勘違いしていたため請求書を見てビビる。念のためにということでダブル定額に設定してあり、それでも最初の数か月は親の言いつけ通り最低額に収まるようにしていた…がやはり「自分だけの小さなパソコン」を持てた喜びはあまりにも大きかった。

このときツイッターとかラインが無くて本当によかったと今ではしみじみ思う。そもそも本格的な携帯を持つのは高校生からでいいと思ってる。中学生まではらくらくホンとかでいいじゃんメールと電話だけできればいいじゃんブツブツったく最近のガキはブツブツ

ていうか自戒なんだけどさ~~~~~~~~~~普通さ~~~~~~~JKっつったらさ~~~~~~~~~~一番いい時期じゃん~~~~~~~~~彼氏とメールとかさ~~~~~~~~~~憧れの先輩とメールとかさ~~~~~~~~~~~そういうのあるじゃん~~~~~~~~~~~~1回くらいあるじゃん~~~~~~~~~~~ねえ~~~~~~~~~ビビるほど何もなかったんですけど~~~~~~~~~ねえ~~~~~~~~~~~華のJK時代ほんっと何もなかったんですけど~~~~~~~~~~~~~選ばれしエリート喪女すぎるんですけど~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 

それは置いといて携帯を手に入れた私はヒマさえあればランク巡りサイト巡り。朝起きてからサイト巡り朝練終わりにサイト巡り休み時間に部活前に部活終わりに寝る前に…もはや携帯が無ければ生きられない身体になってしまっていた。

それまでその考えが無かったことが今思えば不思議だが、ある時ふいに「自分もサイトを作りたい」と思った。そこからは早かった。私は森-フォレスト-の扉を開いた。言われるがままIDを作りパスワードを設定し、かくして初めてのサイトがいとも簡単にできあがってしまったのだ。復活の夢小説サイトだった。

興奮冷めやらぬままその数日後マックで友人に「サイト…作っちゃった」と言うと、友人は驚いたような顔で「ウチも作った…」と言った。どんなタイミングだ。さすが「将」「翼さん」と呼び合っていた仲である。こうしてろくに文章の書き方も知らないくせに見る側から創作の道へ足を踏み入れてしまった。そして無駄にイタリア語に詳しくなっていた。ヒバムク至上主義。

 

この高校時代に作った夢サイトは数知れず。復活をはじめ鰤とか某野球ギャグ漫画とかD灰とかおお振りとか…ヤダ…夢見過ぎだろ…今ツケ回ってきてるわよ…

率直に言うとなぜあんなにも夢小説が好きだったのかいまだにわからない。♂×♂も好きだったのに書くとなるともっぱら夢小説だった。読むにしたって自分の本名を入れたことはほとんど無いのだ。むしろ嫌だったので「すごい肩パッド」とか適当に入れてた。申し訳ない。他人視点で好きなキャラと夢を見る…今考えると不思議だ。

ほとんどIDやらパスやらは似たようなものでやってたから今でもがんばればポートフォーリオ(暗黒微笑)は見られる。もちろん見る勇気はない。正直頭おかしかった。

 

しかしこのサイト制作というものがまた面白くて、始めはいろいろ素材を駆使して派手なものを作ろうとするのだが、自分が好きな文章を書いているサイトはだいたいシンプルなデザインのものが多かった。

もちろんウルトラ影響されやすい性格なので自分のサイトもだんだんシンプルになり、また文章もギャグばかりであとがきに自分が登場するようなポップ()な雰囲気だったところからひらがなを多用してみたり鬼のようなスクロールを挟んだり句読点を多用したり意味も知らない難しい言葉をムリヤリ使ってみたりとだんだんそういう方向に変化していった。そんなもんだよね(爆)(ちょw)(←ヲイ)

 

ある日拍手コメントで「お話を読ませて頂いたのですが、意味がわかりませんでした」という有り難いお言葉を頂いた。目が覚めた。

 

 

 

ここまでの総括としてわりと本気で結婚するつもりだったキャラを挙げておきたい。

 

・笛!の不破大地くん

漫画のキャラにここまでのめりこむのは不破くんが最初で最後だろう。かっこよかった。本当にかっこよかった。不破くんを見るたびに私は乙女になった。「え~目つき悪いし暗いし全然かっこよくないじゃん><やっぱシゲさんっしょ><」とか言われると「まぁ人の好みだしいいじゃんwwww」と言いつつお前に不破くんの何がわかるんだ彼の何を知ってるんだと心の中で怒り狂っていた。とてもつらい

本誌で不破くんが出てくるたびに狂喜乱舞した。徐々に出番が少なくなってもコミックスを読み返し不破くんの活躍を目に焼き付けた。渋沢先輩には渡さないと思っていた。当時流行っていたバト笛で不破くんが死んでしまうと一晩中泣いた。どうして不破くんがこんなひどい目に遭わなければいけないんだ、この世界はおかしい、不破くんは幸せにならなければいけないのに…と憎しみすら抱いた。とにかく好きだった。大好きだった。

(私の中で)不破くんは大学で知り合った女性と卒業後結婚し、有名企業の研究室に勤め世界を飛び回ったのち日本に戻り今は大学教授として立派に働いている。彼の授業は滅茶苦茶だが新鮮で面白いと学生から評判らしい。子供は男の子と女の子の二人。どうか私の分まで幸せになってください。

 

 

・鰤の日番谷冬獅郎くん

日番谷くんは不破くんに次いでのめりこんだキャラである。かわいい。もはや非の打ちどころがないほどかわいい。私はよく零番隊の隊長になって彼とバトルを交わしたり恋仲になったりしていた。のちにこの夢小説で散々使われた零番隊ネタがまさか本編に登場してくるとは…KBTIT先生はやはりレベルが違う。

日番谷くんのことは本当に好きだった。結婚したかった。けれども彼には雛森桃たんという約束された存在がいるのでそれ以上踏み込むことは出来なかった。この二人には本当に幸せになってもらいたかったからだ。そういえば愛染さんとかいうダーク☆ヨン様は何だったんだ

もう何年も鰤を読んでいないので今彼が何をしているのかは詳しくわからない。日番谷さんお元気ですか。私は元気です。

 

・復活の雲雀さん

ワオ

 

 

 

 ★上京してから

実は高校3年になってからニコニコ動画にハマってしまい、それを引き摺ったまま上京したのは非常にまずかったと今でも思っている。なにせ一人暮らしの自由な身である。学校行ってバイトしてヘトヘトになって深夜に帰ってきてからのニコニコ動画。とにかく平日も休日もニコニコ動画。このときよく見ていたのはレスリングシリーズとボカロとキワミとテニミュ。……そう、テニミュ

空耳ミュージカルとして多くのニコ厨に愛されていたテニミュ。テニ○リはもともと好きだったが三次元に全く興味が無かったので最初はギャグとしてしか見ていなかった。役者名やキャラ名ではなくニコニコでのあだ名で呼び、空耳はそらで言えるほど覚えた。特に四天宝寺が出てきてからは気軽にヒデ(^↓^)にハマり動画に彩りを与えるコメントをしまくっていた。イチオシは卍パワー忍者卍と湾岸クルッティーン血の暁と不埒なペア。気軽出てない。

そうして積もり積もっていた好奇心はある日突然爆発した。

 

テニミュ、見に行ってみよう」

 

決意してしまった。ドンダバデンデンヌケヌケドンである。語尾にwwwwwww天然芝wwwwwwwがつくくらいの軽い気持ちだった。舞台や演劇を見に行くのは好きだったし、ちょうど気軽にヒデ(^↓^)が出演している回のチケットがツイッターで譲渡に出ていたことも相俟って、実に軽率にテニミュを見に行くことになってしまったのだ。一回だけだ、良い思い出になるといいな、楽しみだな。日本青年館に着くまでの間のんきにそう思っていた。(((∧(^^)∧⇔∧(^^)∧)))) 

 

 

観劇中のことはどうしてかあまり記憶にない。気軽にヒデ(^↓^)の地を這うような深い声が耳を支配していたことと、目の前で手塚とリョーマがじゃんけんしていたことだけは鮮明に覚えている。気付いたら帰りの電車で翌日の公演のチケットを必死に探していた。冷たい風が吹く、クリスマスがあと数日に迫った夜のことだった。

 

 

飽きやすい自分だがテニミュ熱は長かった。公演自体はもう終盤だったので結局2回しか見に行けなかったが、1st最後のドリライには全通し1stが終わってもグッズやDVDを買い漁りミュキャスが出ている作品を見まくったり舞台に行ったり(主に気軽にヒデ)していた。私は音響に関する勉強をしていたので、将来はこんな素晴らしい舞台の音響に関われたらいいなとかクッソ甘いことを考えていた。

 

気軽にヒデは私にとってとても魅力的な俳優だった。独特の深い声は歌を歌わせても台詞を言わせてもその輝きを失うことはなく、浅黒い肌は不思議と濃いメイクも奇抜な髪色も違和感無く馴染ませ彼の魅力である色気を最大限に引き出していた。ひとたび舞台を降りるとぽやぽや天然(生まれ変わったら人間以外で何になりたいかという質問に「オムライス」と答える)(かわいい)なところもギャップがあってとても好きだった。

後述のKのPOPにハマった後は彼の舞台から遠ざかっていたが、最近どうしても我慢できなくなりとうとうミュージカル黒執事を見に行くことにした。久々の気軽に今からモッコラひっくり返りそうになっている。ポール肉ライス膳を食べてから臨もうと思う。

 

その後世間の予想通りテニミュ2ndが始まると聞いた時、とても嬉しかったがなぜか直感でもう今までのように追うことはないのだろうなと思った。初めの公演を一度だけ見に行き、そのクオリティの高さに涙し、そうして「もうこの子たちは大丈夫だ、何も言うことはない。テニミュは安心だ。」というどの立場からなのかよくわからない感慨深い気持ちになり、それ以降テニミュを見に行くことは無くなった。

 

同時に私は音楽が好きで毎週のようにあらゆるジャンルのライブに行っていた。通っていた学校がちょっとVの系に寄っていたこともあり学生の2年間は特にVの系のライブに行きまくっていた。もともとルナシーやグレイやバクチクが好きで高校では仙台貨物にハマっていたのでその延長線上である。ネオヴィジュアル系とはなんだったのか。

当時女形のふとももはみんな自分のものだと思っていた。ゴツければゴツいほど愛せた。2ch女形ふとももスレに常駐していた。いまだにりょぺこはち○こついてないと思ってる。シ○アルナンバーの紫遊たんとノー○ッドの華凛ちゃんが大好きだった。しめじ団長元気?

メトロノームの活休とカリガリ復活で号泣した。忙しい2年間だった。私生活は充実していたが就活は順風満帆に全滅しここから2年間のフリーター生活に入る。どうにかなるどうにかなると生きてきた自分が初めてどうにもならないことがあると知った。

 

 

フリーター生活を初めた直後なぜかジョジョにハマった。

ジョジョといえば絵があまりにも怖すぎてジャンプの中でもいつも飛ばしていたトラウマ漫画だったのでものすごい手のひら返しである。ハマったきっかけも正直よく覚えていないが気づいたらテレビのラックとクローゼットの一部が1~6部でガッツリ埋まっていた。ハマると早い。

一番好きでよく読んだのは3部だ。やっぱり3部はアツいぜ!!理想の男性のタイプは空条承太郎ですと胸を張って言える。部屋の掃除をするたびにクローゼットの中で眠っているのを読み返してしまって多大な時間が費やされる。またシーザーと聞くと泣くように涙腺が順応してるのでいまだにシーザードレッシングが買えない。シーザーちゃん…

 

 

 

★そしてKのPOPへ

ここは現在進行形でハマっていて相当長くなりそうなので後日書くことにした。2010年にハマったのでもう4年続いていることになる。月日が経つのは早い。早すぎる。あまりにもせつない。

 

2次元はいったん落ち着いた。進撃とか黒バスにはちゃっかり手を出し進撃は正直クリスタが幸せならそれでいいし黒バスは連載が終わってしまったようなので大学進学しバスケは趣味になった笠松先輩と2年になり進路に悩む黄瀬くんのアナザーストーリーが始まるまで待機しなければいけないし最近気になってる弱ペダも今のところ5巻まで読んで完全に金城先輩と結婚したい感じにはなっているが落ち着いている(大嘘)

ハイキューの主人公ちゃんも気になるし元水泳部としてはフリーも見なければいけないしにこにーのためにラブライブも振り返ろうと思っているし野崎くん目当てで見始めたはずなのにドラマダにハマり蒼葉たんモンペになりかけているあたりやっぱり落ち着いている(大嘘)

 

 

そんな感じで相変わらず普通にじめじめしたオタク生活を送っている最中だ。最近ようやくやる気出してダイエット始めたので早く人間になりたい。このジャパザハットのような見た目にも関わらず病院で働いていたのは最早奇跡に近い。よく採用してくれたよな…辞めたけどね(^-^)サーセン

 

手短に書くつもりが予想外に長くなってしまったので最後はこの一言で締めとさせて頂く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周りがガンガン結婚してるので正直焦ってま~~~~~~~す!!!!!!!!!イェ~~~~~~~イ!!!!!!!!(半泣き)

 

 

 

 

 

 

 

✝次回へ続く✝